軽井沢の森は、毎日違う顔を見せてくれます。

風の音、土の匂い、そして木漏れ日の暖かさ。
そんな豊かな自然の中で、子どもたちと過ごしていると、はっと息をのむような“やさしさ”の芽生えに出会うことがあります。

それは、道端に咲く一輪の花をそっと撫でる小さな手であったり、友達に「どうぞ」と差し出す、摘みたての花束であったり。
この記事では、そんな花と子どものささやかなふれあいの中に隠された、目には見えないけれど大切な「非認知能力」という心の育ちについてお話しします。

わたくしは、長野の自然豊かな認定こども園で15年以上、保育士として子どもたちの成長を見つめてきました、宮沢葵と申します。
今日の森の声に、あなたも少しだけ耳を傾けてみませんか。

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小さな手とお花の出会い

朝の散歩道で見つけた“ひとひら”の物語

その日の朝は、雨上がりの澄んだ空気が気持ちのいい日でした。
子どもたちと園の周りを散歩していると、ひとりの男の子が立ち止まり、じっと足元を見つめています。

そこには、雨の重みで道端に落ちてしまった、一枚の花びらがありました。
彼は、その小さな花びらをそっと手のひらに乗せ、大事そうに、大切そうに握りしめていました。

まるで、宝物を見つけたかのように。
言葉にはならないけれど、その小さな背中からは「かわいそう」「きれいだね」という声が聞こえてくるようでした。

花を摘む手、差し出す心:子どもたちの優しさの表現

子どもたちは、きれいな花を見つけると、時々それを摘んで保育士である私のところに持ってきてくれます。
「せんせい、どうぞ!」と差し出される、少ししおれたタンポポやシロツメクサ。

それは、単なる「プレゼント」ではありません。
「きれいだと思ったから、先生にも見せてあげたい」
「この嬉しい気持ちを、大好きな人と分かち合いたい」
そんな、あたたかい心の表れなのです。

「きれいだね」と共感し、その気持ちを誰かに届けたいと思う心。
それこそが、“やさしさ”の原石なのだと、わたしは思います。

「これはママに」「これは◯◯ちゃんに」…思いを込めた選択

散歩の帰り道、園庭の花壇で「おうちの人に持っていくお花を一本だけ摘んでいいよ」と伝えると、子どもたちの真剣な“お花えらび”が始まります。🌼

「ママはピンクが好きだから、これにする!」
「パパにかっこいいお花、これかな?」

たくさんの花の中から、たった一本を選ぶ。
そこには、贈る相手の顔を思い浮かべ、その人のために一生懸命考える、豊かな想像力と深い愛情が詰まっています。

自然保育が育む“こころ”の力

目に見えない“非認知能力”とは何か

最近、教育の分野で「非認知能力」という言葉を耳にする機会が増えたかもしれません。
これは、テストの点数などで測れる力とは違う、生きていく上で土台となる“心の力”のことです。

具体的には、以下のような力を指します。

  • 共感性:相手の気持ちを想像する力
  • 協調性:みんなと力を合わせる力
  • やり抜く力:目標に向かって頑張り続ける力
  • 自制心:自分の感情をコントロールする力
  • 創造性:新しいものを生み出す力

これらの力は、幼児期に豊かな体験を通して、ゆっくりと育まれていきます。

花を介した共感力・思いやり・想像力の育ち

道端に咲く花に「きれいだね」と声をかけるとき、子どもの心の中では何が起きているのでしょうか。
それは、自分以外の存在に心を寄せ、その美しさを感じる「共感力」の芽生えです。

摘んだ花を「ママにあげたい」と思うとき、そこにはママの喜ぶ顔を思い浮かべる「想像力」があります。
「お水をあげないと、枯れちゃうね」と心配するとき、命を大切に思う「思いやり」の心が育っています。

自然とのふれあいは、こうした非認知能力を育む、最高の遊び場なのです。

「ありがとう」と言える子の背景にあるもの

プレゼントをもらって「ありがとう」と言う。
それは、とても素敵なことですよね。

でも、それ以上に大切なのは、感謝の気持ちが自然と湧き上がるような、心の経験です。
お花を「どうぞ」と差し出された経験。
自分が贈った花を、相手が「ありがとう」と喜んでくれた経験。

こうした小さな“うれしい”の積み重ねが、人のあたたかさを知り、心からの「ありがとう」が言える豊かな心を育んでいくのです。

園芸療法と保育の交差点

花と心をつなぐ園芸セラピーの視点

園芸療法(えんげいりょうほう)という言葉をご存知でしょうか。
これは、植物を育てたり、自然とふれあったりすることを通して、心の元気を育むアプローチのことです。

難しいことではなく、保育や家庭の中にこの「園芸セラピー」の視点を取り入れると、子どもたちの成長がまた違った角度から見えてきます。
大切なのは、植物を通して子どもたちが何を感じ、何を学んでいるのかに、そっと寄り添うことです。

「育てる」体験がもたらす自己肯定感

「育てる」という体験は、子どもたちに素晴らしい贈り物をくれます。
それは、「自分は誰かの役に立てる存在だ」という自己肯定感です。

  1. 種をまく(責任感)
    自分の手で、新しい命の始まりに関わるという小さな責任感が芽生えます。
  2. 水をあげる(継続力)
    「お世話をしないと枯れてしまう」という事実が、毎日続けることの大切さを教えてくれます。
  3. 芽が出る(驚きと喜び)
    土から小さな芽が出たときの感動は、生命の不思議さと育てる喜びを教えてくれます。
  4. 花が咲く(達成感)
    自分が育てた花が咲いたときの達成感は、「自分にもできた!」という大きな自信に繋がります。

この一連の経験すべてが、子どもの心を強く、豊かにしてくれるのです。

季節ごとに変わる花と、子どもたちの気づき

春にはチューリップ、夏にはヒマワリ、秋にはコスモス。🌻
季節の移ろいと共に姿を変える植物は、子どもたちにとって最高の先生です。

「お花の色が変わったね」
「前は小さかったのに、大きくなったね」

そうした日々の小さな“発見”は、子どもたちの観察力を養い、自然界のサイクルや命の巡りに対する興味を引き出してくれます。

親と保育者にできる自然との橋渡し

花の“声”を一緒に聞く時間の大切さ

子どもが道端の花に心を寄せているとき、私たち大人はどう関わればいいのでしょうか。
大切なのは、「教える」のではなく「一緒に感じる」ことです。

「ほんとだ、きれいな色だね」
「そっと触ってみようか、やさしいね」
「いい匂いがするね」

子どもの目線にかがみ、同じものを見て、感じたことを言葉にする。
その共感の時間が、子どもの感性をさらに豊かにし、自然への親しみを深めていきます。

おうちでもできる小さな自然保育のヒント

特別な場所に行かなくても、自然とふれあう機会は作れます。
ぜひ、おうちで試してみてください。

  • ベランダ菜園:ミニトマトやハーブなど、育てて食べられる植物は喜びもひとしおです。
  • お散歩図鑑:図鑑を片手に近所を散歩し、「このお花、載ってるかな?」と探してみましょう。
  • 季節の花を飾る:一輪でもいいのでお花を飾り、「今日の主役だね」と愛でる時間を作ってみましょう。
  • 押し花づくり:散歩で見つけた草花を本に挟んで、数日後に開くときのワクワク感を楽しんでみましょう。

「やさしさ」に出会ったとき、あなたならどう声をかけますか?

もし、あなたのお子さんが、誰かのために、あるいは小さな生き物のために、そっとやさしさを見せたとしたら。

そのとき、あなたならどう声をかけますか?

きっと、その答えにこそ、あなたと、あなたのお子さんだけの、温かい関係性が表れるはずです。
ぜひ、その瞬間を大切に、心からの言葉をかけてあげてください。

まとめ

この記事では、花とのふれあいを通して育まれる子どもの“やさしさ”と、その背景にある心の成長についてお話ししてきました。

最後に、大切なポイントを振り返ってみましょう。

  • 子どもと花の出会いは「やさしさ」の原石:「きれい」を誰かに分けたい気持ちが、共感力や思いやりを育む。
  • 自然は「非認知能力」を育む最高の遊び場:目に見えない心の力が、豊かな体験の中で育まれる。
  • 「育てる」体験が「自己肯定感」をくれる:命と関わる責任感と達成感が、子どもの自信になる。
  • 大切なのは「教える」より「一緒に感じる」こと:大人の共感が、子どもの感性を伸ばす。

自然は、私たちに答えを教えてはくれません。
その代わり、たくさんの“問い”と“気づき”を与えてくれます。

ぜひ、お子さんと一緒に、「今日の森の声」に耳をすましてみてください。
きっとそこには、昨日までとは違う、新しい発見が待っているはずです。